半田空襲フィールドワーク 戦争の実態を知り 恐ろしさを感じた

愛知県高校生平和ゼミナールと平和学生会議は、3月15日(日)「依佐美送信所跡・半田空襲フィールドワーク」を開催し、中学生9人、高校生4人、学生3人、青年1人、付き添い者含め23人が参加しました。
刈谷市にある米軍依佐美基地跡では、山本市会議員が参加者らを出迎え説明。1997年に撤去された米軍依佐美基地は、戦前日本政府によって送信所の役割を果たし、高さ250メートルの8本の鉄塔とその上に張る総延長24.000メートルのアンテナがあったと話します。戦後は、アメリカ海軍基地として核戦略の要を果たしてきました。
半田空襲跡では、空襲記録する会の梶田さんがお出迎え。現スバルである中島航空機が当時戦闘機を製造し、それ故に激しい爆撃を受けたと話します。赤レンガ倉庫のレンガには、当時の激しい攻撃によっていまだに弾痕が鮮烈に残っています。 新美南吉記念館では、反戦平和を願った新美南吉の童話やその時代の背景を資料によって学んできました。
参加者からは、「米軍基地跡を残していく運動があったことを知り大切だと思った。無くなって知ることができなくなれば、それは平和の記憶が無くなるということ」「授業では学ぶことのできないことを知ることができて良かった」「赤レンガの弾痕の深さを見て驚いた。戦争の恐ろしさを感じた」などの声が交流されました。
最後は、お楽しみのいちご狩り。「30個食べるので精一杯」「80個食べることができました!」と歓声があがっていました。

