81年目を迎えたヒロシマ・ナガサキ被爆の日にあたって

1945年8月人類の頭上に原子爆弾が投下されてから81年が経ちました。現在に至るまでに行われたあらゆる他の攻撃・空爆とは明確に異なり、たった1発の原子爆弾によって広島・長崎のまちは一瞬で廃墟と化しました。人が人として死ぬことさえ許されなかった地獄絵の中を生き延びた被爆者達は、二度と繰り返されないことを強く願い、思い出すことさえもつらいその実相を今日まで語り続けています。そして今もなお二世、三世まで通じて被爆の後遺症に苦しみ続けています。

 被爆者が「命ある限り・・・」と訴え続けてきた核兵器の非人道性は世界中に認識され、草の根で広がり続けてきた核兵器の禁止・廃絶を求める運動は、核兵器の使用と威嚇を許さない国際世論として国連と各国政府を動かし、核兵器禁止条約の発効という歴史的地平を切り拓き、核兵器が国際法によって禁止されました。しかし、今もまだ核保有国と日本を含むその同盟国はこの条約に参加していません。条約の採択から9年、発効から5年半を経過した「その日」に当たって愛知県平和委員会はすべての皆さんに訴えます。

 世界では核兵器保有国による核脅迫を背景にした戦争が続き、さらには使いやすい核兵器の新たな開発と、かつて無い核軍拡が展開されています。私たちが自覚するとせざるとに関わらず、核戦争が勃発する危険性はかつて無く高まり、人類滅亡の危機さえも絵空事ではなくなっています。

 今こそ、核兵器の存在そのものを許さない世論と運動をさらに大きく広げることが求められています。
 こうした危機を前にして、今年開催された核不拡散条約再検討会議では圧倒的に多くの国々が核保有国の核軍縮義務の履行を追求し、核脅迫力を背景にしたウクライナやパレスチナ、イランへの攻撃を批判しました。この会議の中で核保有国は連日弁明に終始しましたが、核兵器のない世界を目指す国際政治・潮流からの孤立は鮮明となりました。

 日本は唯一の戦争被爆国であるにもかかわらず、核兵器禁止条約に参加せず、それどころか「核抑止力」に依存する姿勢を改めて主張するとともに、歴代政府が国是としてきた「非核三原則」の見直しにまで言及しています。私たちは政府がこうした姿勢を改め、被爆国としての責任を果たし、核兵器禁止条約に参加するとともに、その国際潮流をリードする立場に立つことを強く求めます。

 そのために私たちは、市民のみなさんとともに学び、語り合い、平和と核兵器廃絶を目指す世論、非核の政府を求める運動をさらに発展させます。自治体平和行政の充実や平和教育の推進などを広げ、1人でも多くの市民と手を携えて「核兵器のない世界」実現を目指します。そのために、被爆の実相を風化させることなく語り広げ、核兵器も戦争もない未来を次世代へと引継ぐために尽力することをここに表明します。

2026年8月6日 愛知県平和委員会