名古屋港に残る戦争遺跡 名古屋港10号地灯台を見学

10/10 名古屋港

10月10日、名古屋港管理組合が開催する「10号地灯台模擬見学会」に参加し、戦争当時の爪痕が生々しく残る灯台を私、矢野も愛知県平和委員会事務局長として見学してきました。この見学会は、9・11米国同時多発テロ事件をきっかけに、米国とやりとりする港湾施設の立ち入りを制限するソーラス条約(2004年)により、埠頭敷地内の立ち入りが出来なくなって以来、海上からの船内見学のみとなっていました。港区平和委員会も見学会の実現と保存を求めていましたが、この度、「健康と環境を守れ!愛知の住民いっせい行動実行委員会」の要請に応える形で実現しました。埠頭の現場作業との関係やコロナ禍のもと、「模擬見学」という限定された状況で8人の参加でした。

見学会は、名古屋港管理組合の職員の方のお話を中心に、港の港湾労働者として長年運動に携わってきた土井さんのお話で説明されました。

1939年に建設された「10号地灯台」は、当時名古屋港の南端にあたる埠頭に建設されました。当時はガス灯の明かりで、名古屋港をともしていました。三菱重工などの軍需産業があったため、攻撃の対象とされた名古屋港で、10号地灯台もまた空襲にあいます。2011年名古屋市は、歴史的景観を特徴づけている建造物として、「認定地域建造物資産」の認定を受けました。そして1987年、2基あった灯台の一つを、戦争の歴史を語る資料として移設、保存されました。灯台前に設置される説明板には「この灯台は戦傷を受け、いくつもの弾痕が残り、名古屋港における戦争の歴史を語る現存する唯一の施設です」とあります。