被爆者援護・連帯」タグアーカイブ

被爆2世・3世の集い 被爆の影響が親から子へ、子から孫へ

2/2 名古屋都市センター

愛知県原水爆被災者の会(愛友会)被爆2世部会による「被爆2世・3世交流と連帯の集い」が、2月2日、名古屋都市センターに被爆者4人、被爆2世11人を含む31人が参加して開かれました。

司会の2世部会世話人杉戸孝さんは冒頭、「被爆自体もさることながら、その後の人生が大変だった」と母親の苦痛を振りかえり、「親の体験を引き継ぐだけでなく、私たち自身が当事者として考えなくてはならない」と、被爆2世の思いを語ります。

「集い」では、全国3417人(愛知県186人)から回答が寄せられた「全国被爆2世実態調査」(中間報告)について報告が行われました。78・8%が被爆2世として意識し、60・3%の人が「健康や放射能の影響」に不安や悩みを感じています。「私の孫(4世)が小児がんで手術と放射線治療を終えたが、再発を含め放射線の副作用が心配」――愛知県内の集約にある記述回答です。被爆者の影響が親から子へ、子から孫へ、更にはひ孫へと、また何十年にもわたって現れる恐ろしさを改めて感じます。

報告に先立って、河田昌東さん(チェルノブイリ・救援・中部)が「放射能被曝の遺伝的影響」と題した記念講演を行いました。チェルノブイリ原発事故(1986年)の放射能が日本にも及んでいたこと、日本の科学技術庁も認識していたこと、そして福島原発事故(2011年)、河田さんは原発事故後の初期対応、調査・分析・記録・情報公開の重要性を訴えます。

愛友会新春のつどい 最高裁判決、NPTなど語られる

1/18 桜花会館

1月18日(土)桜華会館で、愛友会新春のつどいが開かれました。

被爆者支援ネットの長尾忠昭さんは、高井さんのノーモア・ヒバクシャ訴訟が最高裁で審理があると、支援を訴えました。県原水協理事長で愛友会相談役の沢田昭二さんがイギリスの被爆者裁判に証人として出て、証言したこと、また内部被ばくの研究をしていることを報告されました。
最高齢の被爆者が話された新年の抱負では、1年間元気で来年が迎えられるように努力していることを話されました。食欲はあり、スムージーを毎日飲んで、散歩して、ストレスをためずに生活していることが報告されました。

世界大会INニューヨークに被団協の代表として参加する大村さんは、大会の意義とカンパを訴えました。続いて「原爆許すまじ」の全員合唱で、元気よく声を出してみえました。

閉会あいさつに立った金本さんは、被爆者はかなり高齢になり、長生きすることが重要であると強調されました。最後に記念写真を撮りました。

ノーモアヒバクシャ訴訟・最高裁弁論 2月25日判決へ 日本国民みんなの問題

1/21 東京・最高裁判所前

原爆症認定を求めるノーモア・ヒバクシャ訴訟の上告審の弁論が、1月21日、最高裁第3小法廷(宇賀克也裁判長)で行われました。この裁判は、愛知(高井ツタエさん)と広島では高裁で勝訴し、残念ながら長崎では敗訴した裁判の上告審です。高裁で異なった判断を統一するために弁論が開催され、判決が2月25日15時に指定されています。

原爆症認定には、「放射線起因性」と「要医療性」という2つの要件がありますが、国は今回の3つの事件では放射線起因性は争わず、要医療性が問題となっています(原爆が原因で病気になっていることは認められているのです)。

原爆症を発症した被爆者に対して、「経過観察」をするだけで「要医療性」が認められるかどうか。国は、積極的な治療行為を行っていないと「要医療性」はないと主張していますが、放射線の影響で発症する疾病については未解明な部分が多いのが特徴です。医師が継続的にかつ適切に「経過観察」を行いながら被爆者を見守ることは、被爆者医療の中核といえます。また、要件を厳密にそして狭く解釈することは、国家補償的な性格を有する被爆者援護法に反しています。

今回の裁判は、もっとおおきな意義があると思います。日本の最高裁が、被爆の実相に目を向け、被爆者に寄り添った判断を下すかどうかが問われており、被爆者全員の問題、日本国民みんなの問題であると思います。核兵器廃絶に向けて国の姿勢を問うことになる、そんな裁判だと思います。

高井さんは、「法廷で、被爆者への差別に苦しみ、亡くなった夫にも被爆者であることを伝えられず、苦しんできたこと。多くの被爆者が健康被害に苦しみ、子や孫へも影響しないかと不安を抱えている。被爆者を助ける判断を下してください。原爆のような残酷な兵器が二度と使われることなく、世界からなくしてほしい。そのことが原爆によって命を奪われ、健康を奪われ、生活を奪われた被爆者の苦しみに報いることになる」と訴えました。

反核平和新春のつどい 新しい歴史を拓こう

1/12 民主会館

1月12日民主会館で2020年反核平和のつどいがおこなわれました。高橋平和委員会理事長の挨拶についで、愛友会理事長代理の金本弘さんは、「気持ちはあるが動ける被爆者が少なくなり、5年後には動ける被爆者がいなくなる。今年何とかしなければいけない」と、連帯の挨拶で語りました。

続いて日本原水協代表理事の高草木博さんが講演。核兵器のボタンを一部の国、リーダーに委ねておくことはできない。禁止・廃絶を世界のルールにするために核兵器禁止条約ができた。反対は核保有国とNATO・米同盟国だけ。カギは、核兵器国、依存国の世論と運動。今年4月のニューヨーク世界大会は、気候変動阻止の緊急課題と合流して取り組まれることを紹介して、日本の運動について、「被爆者とともに、核兵器廃絶署名を一千万以上集め、7割の首長の支持、400を超える地方議会が禁止条約署名調印の意見書を出し、65・9%の国民が禁止条約参加を支持している。あと必要なことは、安倍政治を変えること」と語りました。

会場からは、ニューヨークで世界大会をして変わるのか?と率直な疑問も出され、粘り強い運動で変化が起きていることが瀬戸の署名活動や、三菱勤労挺身隊訴訟の運動などから発言され、高橋理事長は初の世界大会で新しい歴史を拓こうと呼びかけました。

閉会で澤田原水協理事長は、核実験でも放射性降下物が世界に大きな被害を与えた事を明らかにして、核兵器の恐ろしさを伝えたいと発言しました。

被爆者はげますつどい 1月21日最高裁陳述に向けて

12/21 イーブルなごや

12月21日、あいち被爆者支援ネットワーク主催の被爆者をはげますつどいが行われました。はげますつどいは、被爆者と支援者が昼食を取りながら被爆体験を聞いたり、要望を聞いたり、またどういった支援が必要になってくるのか懇談したりと、これからの被爆者支援に大きな力となるつどいです。今年は、被爆者10名、支援者32名が参加し、毎年平和学習として被爆体験を聞いている東邦高校の生徒2名も参加してくれました。

来年1月21日に最高裁でノーモアヒバクシャ訴訟の弁論が行われることもあり、愛知弁護団の伊藤弁護士が、これまで被爆者が原爆症の認定を求めて闘ってきた経過と、ノーモアヒバクシャ訴訟の持つ意味を話し、原告の高井さんからも決意の一言が語られました。

昼食を食べながらの懇談では、愛友会の事務局長の水野秋恵さんが「これまで私は積極的に被爆体験を話していなかったが、弟(愛友会会長の恩田明彦さん)が亡くなり、私も話せるうちにきちんと話しておきたいという気持ちになった」と自身の体験を話してくれました。また、被爆者支援のありかたは、高齢化で独居、老老介護などのケースも多く、公的な支援もきちんと受けていない場合もあるので住んでいる地域での支援が重要になっているとの話もありました。

非核・平和の願いを実現する要請行動 県、市へ平和行政を強めるよう求める

11月1日愛知県平和委員会は、原水協、安保破棄県実行委員会、非核の政府を求める会とともに平和行政の充実を求め愛知県、名古屋市に要請を行いました。

①ヒバクシャ国際署名への賛同、②非核・平和の施策及び、被爆者支援・施策、③県内港湾や県営空港の軍事利用問題、④自衛官募集・職場体験などを柱に要請を行いました。

被爆者国際署名

核兵器禁止条約が国連で採択され、批准国が大きく広がっているもとでしたが、愛知県、名古屋市ともに「ヒバクシャ国際署名」に応じません。被爆者が生きているうちに核兵器廃絶の実現に力を尽くしてほしいとの私たちの要請に、「国の考え方があり、慎重な対応が必要」との回答にとどまりました。

非核・平和行政について

開設されて4年が経過する「戦争に関する資料館」では、愛知県に限っていた戦争体験を、私たちの要請に応え「被爆体験を語る会」を実施するようになり、愛友会の鬼頭さんがお話をしています。「収蔵資料展」を引き継いだ企画展は、今年度、南区、熱田区、千種区の3か所(昨年は2ヶ所)に広がり多くの県民が参観しています。
8月、金山総合駅コンコースで愛友会が開催している「原爆展」について、利用料減免などの問題も踏まえ、共催を求めた問題について名古屋市は、「内容を確認し検討していきたい」と応じました。

自衛官募集、職場体験など

自衛官募集のための住民基本台帳について、愛知県内では昨年に引き続き資料の提供を行っている自治体はありませんでした。全国では4割の自治体が個人情報の提供(18才、22才の氏名、性別、住所)を行っている中で、重要な成果といえます。一方で安倍首相による自衛官募集発言を通じて、住民基本台帳の抽出による閲覧を行っている自治体は28市町村にのぼることが明らかになりました。今年度対応を変えた名古屋市は「住民基本台帳をすべて閲覧できることは個人情報の保護の観点から問題があり、抽出に変更した」と回答しましたが、「個人情報保護と言うなら、18才と22才の市民にはプライバシーは無いのか?」との私たちの質問に、納得のいく回答はありませんでした。

F35最終組立、整備拠点

自衛隊機の墜落・試験飛行の再開に反対するよう求めたところ、「国の所管であることから、認める認めないという立場にない」、また原因究明を政府に求めるようしたところ「国の所管であることから、コメントする立場にない」と県営空港の管理の角度からしか回答が得られません。そこで知事の政策判断として反対してほしいと要請したところ、「検討していきたい」との返答でした。また、米軍の整備拠点を認めるのならば、墜落などの事故対応を示す「防災計画」をたてるよう求めたところ、「米軍機の飛来など具体的な動きがあってから」としつつ

「検討していきたい」と前向きな回答が得られました。国会では米軍F35の利用を認める答弁があることや、墜落事故が起きていることから「具体的な動きはすでに起こっている。早急に計画してほしい」と呼びかけました。

以上、例年に比べても後退している点もありましたが、平和行政についてはいくつかの前進面もあり、この点では行政と大いに力を合わせて前進させていくことが必要となっています。また愛知県については、要求を聞く姿勢に変化がありさらなる働きかけが重要となっていることを実感する要請行動でした。

被爆者支援の学習会 歴史的、構造的に、被害の全体像をとらえる

9/29 金山・都市センター

9月29日、金山都市センター会議室にてあいち被爆者支援ネットワーク主催の「被爆者支援のための学習会」が行われました。長年にわたりソーシャルワーカーとして被爆者の相談活動に携わり、現在は原爆被害者相談員の会代表を務めている三村正弘さんを講師に招き、学習と活動交流が行われました。

学習の中で三村さんは、まず自身が胎内被爆者であることに触れ、「1960年に父と母は同じ年に亡くなった。しかし、父は被爆者として、母は手帳を取得できないまま亡くなった。2012年に9歳年上の兄が執念で手帳を取得し、その兄が申請書に両親と入市をしたと書いたので、私は比較的容易に2013年に手帳を取得することができた」と話されました。

また、相談員の会の歩みについて話され、被爆者相談を行う時には、被爆者の被爆前、被爆、被爆後を「いのち」「くらし」「こころ」にわたって社会との関わりをおさえ、歴史的、構造的にとらえ、原爆被害の全体像を把握するという生活史の手法で相談を行うことが大切だと語られました。
交流では愛友会の水野さんが、「まず、被爆者一人ひとりと仲良くなってください。どんな相談があるか、どんな支援ができるかはそこから」と被爆者と支援者の信頼関係を作り上げることが大切だと話されました。

被爆者の高齢化は進み、支援の形も変わってくる中でどのような支援が望まれ何ができるのか、考えるいい機会となりました。

アメリカ・ニューヨークからの報告 国際署名を持ってニューヨークに行こう!

国連の通常見学は、1階の展示、窓からのぞく会議場と地下のショップですが、今回は事前に申し込んだ日本人職員のガイド付きのツアー(有料)に参加しました。

国連の活動は大きく分けて「平和と安全、経済・社会の発展、人権」だそうです。

大きな会議場がたくさんあり、そのロビーにはいろんな展示がしてありました、見学者のためもあるかもしれませんが会議参加者のためもあると思います。以前は私たちが集めていたアピール署名簿がケースに入れられ展示してあり私たちも宣伝の時によく話しました。(現在署名の展示はなくなっていて職員は知らないと言っていました)

現在はどんな展示がしてあるかというと平和の展示がほとんど、なかでも核兵器に関する展示が多くを占めていました。きのこ雲の大きなパネル、被爆した石像、被爆したれられて展示してあります。

衣類や溶けた瓶などがケースに入れられて展示してあります。
ワシントンにも行きました、ホワイトハウスの裏で抗議行動をするテントにも「No War」「No Nukes」の看板がいくつも掲げられていました、「Stop New U.S.Base Henoko Okinawa」と「辺野古に基地はいらない」の看板もありました。

来年のニューヨークでの世界大会・NPT再検討会議への参加要項も発表になり募集が始まりました、被爆者国際署名を持ってニューヨークに行きましょう!(

被爆者の生きているうちに核兵器の廃絶を実現したい 被爆者しのぶ集い開催される

愛知県原水爆被災者の会(愛友会)は9月20日、「被爆74周年原爆犠牲者を偲ぶつどい」を名古屋市公会堂4階ホールで開き、遺族、被爆者、平和団体代表、行政関係者ら150人が参列しました。

愛友会理事長であった恩田さんは、8月9日に亡くなられました。恩田さんは、私が、まだ平和委員会青年学生部の活動で核兵器廃絶の運動に取り組んでいた頃から存じ上げ、励まされてきた方なので、大切な被爆者がまた亡くなられたと悲しく残念でなりません。
金本弘さんが理事長代理として、主催者あいさつをされました。18年度に県内の被爆者102人が亡くなった、核をめぐる世界情勢は厳しいが、今年と来年が正念場となる、核兵器廃絶の訴えを続けようと訴えました。

愛労連の知崎議長、愛知県平和委員会の髙橋理事長らが追悼の言葉。核兵器禁止条約に背を向ける安倍政権を批判し、核兵器廃絶への決意、歴史に学ぶことの大切さを述べられました。「平和への誓い」を述べた学生は、長崎に行くまであまり被爆者のことを知らなかったが、私たち若い世代が、被爆者の遺志を受け継ぎ、核兵器のない平和な世界をつくるために全力をつくしたいと決意表明しました。

文化行事で陽影月のコンサート、参加者全員で「原爆を許すまじ」を合唱しました。
被爆者の生きているうちに核兵器の廃絶を実現したい、決意を新たにしたつどいでした。

ヒバクシャ国際署名にご協力下さい

ヒバクシャ国際署名とは

「後世の人びとが生き地獄を体験しないように、生きているうちに何としても核兵器のない世界を実現したい」
そのような想いから、被爆者たちがヒバクシャ国際署名をはじめました。
私たちは2020年までに、世界中で数億の署名を集めることを目標としています。

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