東南海地震犠牲者を追悼する集い

12/7 名南ふれあい病院

東南海地震は、1944年12月7日13時36分、熊野灘沖を震源地とするM7.9の巨大な地震でした。これほどの大規模な地震でありながら、当時は戦時下ということでその実態はほとんど報道されませんでしたが、実際には1200人以上の犠牲者が出ました。 そして、その中には、強制動員された多くの朝鮮女子勤労挺身隊の人々が含まれていたのです。

地震から81周年にあたる今年の「東南海地震犠牲者を追悼する集い」は、2025年12月7日13時から、追悼記念碑のある名南ふれあい病院で開催されました。この集いには「勤労挺身隊」の数少ない生存者の一人である鄭信滎(チョン・シニョン)ハルモニ(95歳)が「日帝強制動員市民の会」李國彦(イ・クゴン)理事長とともに参加されました。 集いは李國彦理事長の力強い挨拶からはじまりました。続いて、現地から医療法人名南会、名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会、愛知県平和委員会から連帯の挨拶がありました。更に政党からは、近藤昭一立憲民主党国会議員(メッセージ)、本村伸子日本共産党国会議員、平山良平社民党愛知県代表が挨拶をしました。黙祷後には、高橋信さんから閉会の言葉がありました。

集い終了後、献花と記念撮影が行われましたが、その時に李國彦理事長が力強いシュプレヒコールをはじめたことがとても印象的でした。 参加者数は50人を超え昨年の倍以上となり、大盛況でした。