戦争展・平和展、各地で開かれる 美術、文化、映画、講演と多彩に

春日井で平和のとりくみ総結集平和展、恵庭事件映画、アート展

8月9日、春日井市役所を中心に「平和展はどこ」「映画は何時から」「アート展はどこ」の言葉を交わす市民の姿が目につきました。

それは当日、市役所西側の市民サロンで2019年平和展が市内8団体で開催され、東側の文化フォーラムで春日井9条の会などによるアート展が、そして真ん中のフォーラムホールで恵庭事件の映画会(100名)が行われたため、参加者は効率の良い時間配分を考えての行動でした。

私たち春日井平和委員会は、8月4日の設営から10日の撤去まで、370名の平和展参加者の期待に応えました。展示物としてはこれから春日井にとって大きな問題となる「F35戦闘機」を県平和委員会と共同して展示しました。

今年で27回目となる平和展には「戦争遺品」を特別出展する市民もあり、アンケートには75人の人が応え、多くの人が継続と平和を強く求めていました。今年の私たちの平和展は猛暑の中で苦労も多かったですが、多彩な人たちによる協力、共同の結果として作られたすばらしい平和展であったと思っています。(西岡)

映画「憲法を武器にして」上映会

8/3 レディアン春日井

「恵庭事件」とは何だったのか
「春日井平和展」と関連企画「憲法を武器にして」上映会に先立って、8月3日、「恵庭事件」の特別学習会がレディアン春日井に46人が参加して行われました。

学習会には、当時の裁判官であった猪瀬敏雄氏、愛知県で裁判支援に関わった森賢一氏、更に「憲法を武器にして」の監督プロデューサーである稲塚秀孝氏も参加。弁護士の宮田睦奥男氏(春日井平和委員会)も加わって、「恵庭事件とは何だったのか」の討論を展開したのです。

演習場の通信線を切ったとして自衛隊法違反で起訴された牧場主兄弟に下された札幌地裁の判断は「無罪」。当時「肩すかし判決」と物議をかもしましたが、判決に関わった猪瀬氏は、「個人の権利を守ることが裁判の第一。被告からすれば憲法や自衛隊という問題の前に止むに止まれない行為だった」と、判決に至る思いを明らかにしました。「抵抗権」という点で、沖縄・高江の状況に似ているとも言います。監督の稲塚氏は、「北海道平和委員会が書き起こした公判テープや膨大な資料を読んで映画化に踏み切った」と、映画製作への決意を語りました。(松下)

私のまちにこんな軍事基地があったの?!
オール知多ピース・フェスティバルに800人の市民が参加

8/11 半田市

8月10日・11日、半田市雁宿ホールで「オール知多ピース・フェスティバル」が開催され、小中高生から高齢者まで市民800人が参加し、「私のまちにこんな軍事基地があったなんて知らなかった」など、感想が寄せられました。

戦跡資料の展示コーナーには、知多半島各地に残る戦争遺跡の写真や資料など200点余りが展示され、市内の高齢者が描いた半田空襲や名古屋空襲の「絵手紙」、遺跡を訪れて詠んだ短歌、遺跡から採った拓本、鉛筆画など、多様な資料が展示されました。

満洲からの引き揚げに際しての体験は、涙なしには聴けない苦労の数々が、腹話術を交えて語られ、参加者からは感嘆の声。ヒロシマの原爆投下直後に入市被爆した生々しい証言や南方戦線で戦死した父親の想いなどが語られ、二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない思いを噛みしめ合いました。

また、「戦時下のハンセン病患者隔離政策」と題して、日本福祉大学小林洋司准教授の講演は、人権を蹂躙した軍・政府による隔離政策の苛酷な実態と国家賠償裁判での勝利判決の意義などがあきらかにされました。

東浦町出身で昨年真打ちに昇格したばかりの立川談志門下生の立川平林師匠の時事落語は、笑いと拍手の沸く中で身も心も物資も、まさに身ぐるみ戦争へと協力させられていった戦前の教訓を、最近の「オレオレ詐欺」になぞらえて警告を発し、「そーだ!」「だまされないぞ!」の声。それは、「安倍政権のウソと隠ぺい・改ざんの暴走政治に共通する」と納得の拍手。また、全国大会で優勝するなど師匠が得意とする「安来節」が披露され、手拍子よろしく会場が沸きました。