12・8不戦のつどい 七三一部隊の細菌戦――なかったことにはできない

12/6 労働会館

今年の「12・8不戦のつどい」は12月6日に労働会館で行われ、58人(オンライン4人)が参加しました。講演は広中一成さん(愛知学院大学准教授)による「日中戦争と細菌戦七三一部隊」です。内容の一部を紹介します。

今年7月に『七三一部隊の日中戦争』という本を出しました。七三一部隊について語ることは長くタブーであり、保守派の人々から攻撃される恐れもありましたが、戦後80年で、存命の関係者はほとんどいないだろうとも思いました。実は、この部隊に所属し、満州で人体実験や細菌兵器の開発をしていた軍医たちは、帰国後も罪に問われたり裁判にかけられたりすることなく、医者や研究者として医学界に復帰していたのです。七三一部隊は満州から引き揚げる際に徹底的に証拠隠滅をはかりました。関係者の口止めはもちろん、研究施設は爆破、文書類も破棄されました。わずかな証言のほかに証拠となる文書はなく、その実態を研究することは困難なのです。

出版後、メディアからの反響は大きく、たくさんの取材を受けました。中国側、新華社通信などからの取材もありましたが、攻撃はほとんどありません。しかし、テレビ局と作った番組は高市発言のせいで放送が延期されています。中国も経済状況はよくありませんから、レアアースの輸出などを禁止せず経済関係は続いていますが、さまざまな民間交流が途絶えてしまったのは痛いです。

細菌兵器は第一次世界大戦後、人道的に問題であるとして国際法で禁止されましたが、日本陸軍は1920年代後半から30年代に開発をさせました。731部隊は、満州でコレラ菌やペスト菌を使った実験をするために1936年に作られました。この部隊には軍医が集められ、陸軍参謀本部からの指示で細菌兵器を製造し、人体実験が行われていたこと

がわかっています。

戦争は医者の倫理を崩してしまいます。戦争であれば何をやってもいいということではありません。ですが、七三一部隊では本人の許可も求めずに臨床実験を行い、そして実際に殺してしまっているのです。ペスト菌を感染させた蚤を飛行機から撒くことも行っています。実はインフルエンザワクチンも七三一部隊の実験をもとに開発されました。ですから、これをなかったことにはできないのです。