被爆のお話と平和を語る会「今が戦前にならないように」
9月13日、尾張旭市中央公民館で、あいち平和行進尾張旭実行委員会主催「被爆のお話と平和を語る会」を開催しました。6月の平和行進で話をされた元自民党市会議員で被爆者の丹羽尚子さん、尾張旭の郷土の歴史に詳しい年金者の会尾張旭の林宏さんからお話をしていただきました。会場には124人の方が来場され、立ち見も出るほどでした。初めてお見かけする方もたくさんいらっしゃいました。
丹羽さんは36歳のときに母親から被爆手帳を渡されて被爆者だということを知り、思えば小さいころから身体が弱かったこと、お子さんが川崎病と診断されたことなどを語られました。8月5日に福山へ疎開し、8月10日、母親に背おわれて広島の被爆地の近くにある自宅に行き、入市被爆されたとのこと。お話を聞いていて、お母様も丹羽さんも原爆症の不安のなかで生きてこられたのだと思いました。そして、忘れてはならないこととして、福山行の切符を手配してくれたお手伝いさんが8月6日に被爆し、数日後に亡くなられたと語られました。
林さんは「戦前の瀬戸線沿線地域の軍事施設と人々のくらし」と題して、現在の本地ケ原に戦前、陸軍演習場・飛行場があったことを航空写真や地図を示しながら話をされました。「旭兵器製造株式会社」(現在の旭精機)が設立されたころに現在の旭前駅が新設されたことなどの話もありました。「今が戦前にならないようにしたい」という感想が寄せられ
ています。
質問・交流の時間では30代の男性が、「若者がその先の未来を背負っていくというのは自然で、そういったときに、戦争を知らない人たちに『本当にそちらに持っていってはいけないんだ。平和は大切なんだ』と訴えていくのに、皆さんはどのようにアプローチすればいいとお考えでしょうか?」と質問がありました。
会が終わり、帰られる方のお一人が「すごいことされているんですね!」と驚きの表情で話をされました。今までご縁のなかった方々に尾張旭で平和の活動があるということを知っていただけてよかったと思いました。

